在宅医療と救急医療の取り組みでACPを推進する

介護新聞連載の7回目です。ACP(アドバンス・ケア・プランニング)は在宅の看取りなどを推進する上で馴染みがある方も多いでしょう。でも救急医療との関係については聞いたことがある方は少ないかもしれません。今回は北見市で令和4年度から取り組んでいる在宅医療・救急医療に関する活動を紹介します。先に結論をお伝えすると、ACPを推進する方法の一つとして在宅医療と救急医療の連携課題の解決が役に立つのではないかというお話しです。

【在宅医療と救急医療の課題】
具体的な例をご紹介しましょう。まず在宅医療の現場の例です。かかりつけ医の緊急往診で要請した救急搬送が中止され、本人の意思であった在宅死が叶った事例です。重度の肺疾患を抱えていた男性がいました。日ごろから妻に「最期は自宅で」と話し、その情報もかかりつけ医療機関でもカルテで共有していました。ある日心肺停止となった際、家族は慌てて119番してしまいました。救急隊からの連絡で事態を知ったかかりつけ医師は、男性の希望を救急隊員へ伝えるとともに自宅へ駆けつけ、家族と一緒に最期を看取りました。通常、最期は自宅を希望していても救急要請があった際、こうした医師による対応ができない場合は原則、救急隊は救命処置を行い医療機関へ搬送しなければなりません。本人の希望が叶えられない場合があるのです。さらに救急隊は救急処置を望まない心肺停止の高齢者患者さんに対し蘇生術を実施しながら医療機関へ搬送した後、救急処置を望まない意思であったことが判明したこともあるようです。次に救急医療現場の例です。ある救命救急センターに4名の患者さんが搬入されていました。皆さん90才以上です。このうち3名が高齢者施設からの搬送でした。患者さん4名全員が急変時と心停止時の対応を話し合ったことがなかったため、救急医は緊急で家族と話し合いを行いました。その結果、看取り1名、入院2名、揉めた事例が1名だったそうです。担当医師は、高齢者施設では急変時や心肺停止時の対応は話し合っていないのだろうか。また救急の場面の初対面同士で、こんなに大切な決断を短時間で下して良いのだろうかと感じていました。こういったことが、救急医療の現場で起きています。

【在宅医療・救急医療ワーキングチーム会議の発足と活動】
北見市では令和4年度に厚生労働省の事業である「在宅医療・救急医療連携セミナー」を開催しました。その結果ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の普及啓発、意思決定された情報の共有方法づくり、心肺蘇生を望まない救急要請があった場合の対応ルールの検討が課題として挙がり、継続した会議体の設置が必要とされました。この課題解決を図るため、令和5年度の北見市における在宅医療・介護連携推進事業として在宅医療・救急医療ワーキングチーム会議が設置されました。令和5年9月に開催された第1回目の会議では本会議の目的を「本人の意思決定支援(ACP)はもとより、その意思が実現できる環境の整備へ向け、多機関での協議を行い、本人の意思に沿った在宅医療と救急医療の実現を目指す」としました。本趣旨にご同意頂いた参画団体は別図の通りです。(図1)

会議設置の目的は抽象的ですが、活動する目標は具体的でなければなりません。目標の設定にあたっては札幌市で先行して同様の取り組みがされており、これに携わっていらっしゃる静明館診療所の大友宣先生が作成された「高齢者施設における在宅医療と救急医療コンセンサスシート(案)」を取り入れさせていただきました。ご使用をご許可頂いた大友先生に感謝申し上げます。会議で定めた活動目標をご紹介します。

  1. 高齢者が希望する医療を受けることができる。
  2. 高齢者が希望する最期の場所で過ごすことができる。
  3. 高齢者の家族が、医療的対応に納得することができる。
  4. 高齢者施設、救急隊、救急医療、在宅医療、ケアマネジャーなどすべての関係者が疲弊しない持続可能な仕組みができる。

地域は違っても、在宅医療と救急医療に関する取り組みはおそらく同じものではないでしょうか。またこの活動目標を設定する上で大切にしたいことがあります。こういった課題に対する解決は、対象である高齢者の医療・ケアに対する意思や希望の実現であり、当事者にとっての目標であるということを忘れないようにするというものです。医療機関の受け入れがなく救急搬送に難渋する。救急医療現場で治療方針が立たないなど、ともすると活動目標の方向性が医療や介護の我々関係者の業務上の課題解決のためになりがちです。活動は結果として関係者の業務上の課題解決にもつながるのですが、あくまで目的は当事者である高齢者の医療・ケアに関する意思の実現であり、現場の課題解決はその過程で生まれてくる副次的なものでなければなりません。

    【在宅医療と救急医療の取り組みでACPを推進する】
    さて、今回の結論である、ACPを推進する方法の一つとして在宅医療と救急医療の連携課題の解決がなぜ役に立つのでしょうか。まず北見市の在宅医療・救急医療ワーキングチーム会議では、前述したことが北見市でも実際あるのかどうかについて実態調査を行いました。調査対象は北見市内の救急告示病院や在宅療養支援診療所、消防組合、地域包括支援センター、居宅介護支援事業所、高齢者施設です(合計189ヶ所、回収率59.3%)。以下の調査結果の主なものをご紹介します。

    1. 回答のあった救急告示等病院すべてに延命と救命の判断に迷う高齢者や、蘇生を希望しないDNAR傷病者の救急搬送があった。
    2. 消防組合では消防署、出張所等のすべてから救急処置を望まない高齢者からの救急要請を経験し、かつ病院選定の時間が長くなり、現場活動時間が延長していると回答した。
    3. 回答したケアマネジャーのうち、死期が迫っていない患者や利用者へACPを実施していたのは8.7%で、状況により実施すると回答したのは66%であった。
    4. 高齢者施設において入所者の急変時に備えた事前指示書を作成していない、と回答した事業所が56.6%であった。(図2)


    こういった課題から言えることは病状の急変で救急要請した場合、本人の意思があったとしても、医師の緊急往診が無い場合、救急隊は救命処置を行い医療機関へ搬送しなければなりません。「もしもの時」を決めていたとしてもこうですから決めていなかった場合、ご本人はもとよりご家族も辛い思いをしかねません。調査では死期が迫っていない患者や利用者へACPを実施していたケアマネジャーはごく少数でした。救急医療の現場で起きている事例を多くの関係者や住民が知ることで「我が事」として感じることでケアマネジャーや高齢者施設がACPに取り組む大きな動機付けになるのではないでしょうか。生死の問題は誰かに急かされてするものではありません。しかし自分の知らないところで起きている出来事を知ることにより、少しずつですが市民が自分事としてACPが地域へ浸透していくことになると思うのです。

      医療介護連携における通院困難者の課題解決を考える

      在宅医療・介護連携推進事業の取り組みの中で、独力で通院が困難という通院困難者の存在が見えてきました。通院の際にバス停までが遠い。耳が遠く診察で医師や看護師の声が聞き取れない。ヘルパー不足でサービス調整が整わずケアマネジャーが同行受診をしているなど、通院という住民の診療機会の確保のためにはどんな解決ができるかについて書いてみます。ちなみに「独力で通院が困難」とは、本人の独力のみでの通院は困難で、介助や付き添いを必要とする状態としています。

      【通院困難者予備軍の存在が明らかに】

      令和3年12月、北見市が居宅ケアマネジャーを対象に「移動に関する調査」を実施しました(回収率82.4%)。調査の結果、居宅ケアマネジャーが担当する利用者数4,122人に対し、現在【通院困難者予備軍の存在が明らかに】
      は独力で通院している826人のうち、今後3年以内に独力での通院が困難になるとケアマネジャーが予想した利用者は625人いました。このうち要支援者(総合事業対象者を含む)の割合は530人で84.8%でした(図1)。


      その理由は「身体機能の低下」が圧倒的に多く83.9%で、次いで「認知機能の低下」は14.7%でした。
      このままでは通院に支障をきたす方の大幅な増加が見込まれます。医療と介護が連携して取り組む「日常の療養支援」の課題の一つに「住民が医師の診療を受け続けられる」ことがあります。まさに一丁目一番地の課題です。ケアマネジャー側の予想とはいえ、通院困難が想定される高齢者がこんなに多いとは驚きでした。さて、通院困難者というと、現に通院が困難な方を思い浮かべます。しかし今回お話ししたいのは、前述した通り今現在、独力で通院している方のことです。将来、潜在的に通院困難という課題を抱える可能性のある方です。これを私は「通院困難予備者」と呼び、介護サービスや家族・友人の助力により通院している「ギリギリ通院者」とは区別しています。私が分類した例をご紹介します。 (図2)


      通院困難者の課題解決は他の団体も取り組んでいます。北海道医療ソーシャルワーカー協会では令和4年度に「通院困難患者支援専門部会」を発足し活動を開始しました。札幌市を除く道内の市町村では、患者が希望しても訪問診療の医療資源が少ない場合や訪問介護などのサービスが不足しており、通院が困難になる課題が今後顕在化する可能性があります。課題が深刻になる前に講じるべき行政及び現場レベルでの対策や工夫を提案することを活動目的として活動しています。北海道介護支援専門員協会の協力を得て全道の調査も実施しました。活動の様子がNHK北海道の番組でも紹介されましたので、ご存じの方も多いかもしれません。

      【減少する訪問診療医と減少する介護サービス】
      令和2年12月に当センターが実施した「訪問診療及び通院困難に関する調査」では、訪問診療利用者数は191人/月で要介護認定者(n=5,021)の4%でした。このうち、自宅居住者が71人(30%)で、それ以外に居住系サービスへ入居する者の合計は152人(65%)でした。有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅や高齢者下宿です。圧倒的に「自宅以外の在宅」で訪問診療を受けている方が多いという結果になりました。(図3)


      通院が困難な場合、医師による訪問診療が医療保険制度上受けられます。しかし、医師が不足する地域にあっては患者さんが希望しても訪問できる医師のマンパワーは限られます。訪問診療が受けられなければ日常の健康管理ができず、住み慣れた自宅などを離れなければなりません。北見では訪問診療を実施する医療機関は5つありますが飽和状態で、平成27年度以降では減少しています。今後増加する通院困難者に対応することはほぼ不可能と言えるでしょう。(図4)


      訪問診療の需要は増えても対応できる医師が限られる一方で、身体機能の低下があっても通院し続けるためにはホームヘルプサービスなど介護サービスの確保が必要です。しかしこれも減少傾向です。北見地域介護支援専門員連絡協議会と北見市地域包括支援センター連絡協議会の協力を得て実施した「介護職不足緊急調査(令和5年10月実施)」では、ヘルパー不足等により事業所側の都合(調整に時間を要する、指定曜日が変更となった、事業所を変更した)でホームヘルプサービスの調整が困難になったとケアマネジャーが回答した割合は46.3%でした。特にケアマネジャー歴が10年以上の方はケアマネジャー歴5年未満の方より、サービス調整に以前との調整困難を感じていました。ケアマネジャー歴5年未満の方は調整が困難と感じる割合が10年以上の方より低い結果は、5年前には既に現在のサービス不足の状況が発生していた可能性があります。(図5)

      【行政サービスの限界をカバーする住民主体のまちづくり】
      今回のテーマは通院困難者の課題解決です。これまでの調査などを紹介してきました。介護職員不足が本格化する2040年を見据え、解決策について考えてみましょう。今回の冒頭で紹介した「移動に関する調査(北見市)」では、既に通院困難の方がどのように通院しているかについても調査しました。回答を紹介すると、知人が毎月病院まで送迎をしてくれる、近所の人が買い物代行や友人の車で一緒に買い物に出かけているなど、ご家族以外に近隣住民によって通院が可能となっているという回答がありました。ご近所の助け合いです。北見市における要介護認定率はおおよそ20%ですから、残り80%はいわゆる「元気な高齢者」です。「通院困難予備者」が「ギリギリ通院者」になっても、この80%の方々の協力を得て、いかに支援できる仕組みを地域で作ることができるかがこの課題に対する対策になるでしょう。この連載の第1回目にもご紹介しましたが、私の連携の師匠はこう主張しています。「軽度者(要支援から要介護2くらいまで)の介護は住民に任せ、中重度者の介護はプロである介護職が担う。その分だけ不足する介護職でも多くの中重度者を介護する。」という戦略です。今まで地域住民による生活支援サービスはフォーマルな介護サービスの隙間を埋めるという補助的な位置付けでしたが、いよいよ軽度者サービスの中心とならざるを得ない時代が到来するでしょう。行政が用意する公的サービスだけではとても賄えません。私たち医療・介護関係者が認識するべきは、こういった互助に基づく生活支援サービスの潜在的な地域住民への期待と、住民の持つ底力に対する信頼だと思います。私たちが住民へ相談する前から「協力は難しい」と考えていてはとうてい実現できません。さらに最も重要なことは、行政自身が「住民の主体的な活動を活用しなければ介護難民が大量発生する」と認識し、住民へ説明する「決断」をすることなのでしょう。

      在宅医療・介護連携推進事業における認知症の人への扱い

      介護新聞連載の第8回目です。包括的支援事業における在宅医療・介護連携推進事業は、生活支援体制整備事業や、認知症施策推進事業と並列に位置づけられています。このうち認知症施策推進事業は医療と関わりはあるものの、在宅医療・介護連携推進事業とは別に独立したものとしてオレンジカフェや認知症サポーター養成、認知症初期集中支援チームなどの取り組みを行っています。今回はこれからの人口減少の時代を迎えるにあたり、そろそろバラバラの事業ではなく、統合化へ向けた動き方をしていった方が良いのではないかという話しをします。

      【在宅医療・介護連携に「認知症」が入らない違和感】
      令和元年に北見市から在宅医療・介護連携推進事業を受託した際、気になっていた事を恐る恐る市の担当者(当時)へ聞きました。「医療介護連携では、認知症の人は対象にしなくて良いのでしょうか。」市の担当者はこう答えました。「認知症施策推進事業は別の事業なので実施しなくてよいです。」とても安心したことを覚えています。認知症はあまりにも課題が大きすぎて、新米コーディネーターの私の手には負えないと考えていたからです。北見市では7つある地域包括支援センターが認知症施策推進事業も受託しており、そちらで事業は実施されていました。しかし年を追うごとにこの安心は「違和感」へと変化していきました。
      ある日地域ケア会議に参加した時のことです。認知機能の低下した単身高齢者の生活をどう支えるかというテーマでした。夜になると不安が募り、ひと晩で救急搬送を十何回と要請する方です。救急隊、担当ケアマネジャーや受け入れ医療機関の医師も疲労困憊していました。幾つかの作戦は実施するものの上手くいかず、結果その方は精神科の病院へ入院することとなりました。私は「重り」を心の中に抱えます。救急搬送を要請したのは周りを困らせたかった訳ではなく単に不安だった。しかし、関わりのなかでこの不安を解消することができなかった。在宅生活を支えるサービスのみならず、医療機関や医療関係者も加えて何か手を打てたのではないかという「重り」でした。さらにこんな出来事もありました。高齢者施設でのACPを推進しようと特別養護老人ホームの方を対象に会議を実施した時のことです。施設では急変時の医療処置に関する事前指示書の取り組みはしていたもののACPへの取り組みはあまり進んでいませんでした。理由を問うと「対象者は入所時に既に認知症が進行しており、本人の意思確認ができる状態ではない」とのことでした。認知機能が低下する前の本人の意思確認と、軽度の時期からの意思決定支援の必要性を感じました。ちなみに北見市における令和4年度の新規要介護認定における原因疾患の第一位は「認知症(16.1%)」です。ちなみに脳卒中は第4位で9.9%です。新規要介護者の多くが認知症の人という現実を受け止めた時、私のなかで認知症は医療・介護連携の重要なテーマの一つとなりました。

      【在宅医療・認知症における連携課題は「つなぐ」から「支える」資源づくりへのシフトへ】
      令和5年の4月より北見市では地域包括支援センターとともに、「地域支援事業担当者意見交換会」を計7回開催しました。地域支援事業のうち、包括的支援事業は地域包括支援センターの運営、在宅医療・介護連携推進事業や生活支援体制整備事業など多くの事業がありますが、事業の縦割りの弊害を感じていたからです。そこで将来の地域支援事業の取り組みについて、特に実効性のある包括的支援事業の具体化を各事業の縦割りを超え、かつ有機的に組み合わせた効果と効率のよい具体的な事業方法について検討しようと考えたのです。検討にあたり、認知症関連で現状の課題を調査したところ図のようなご意見を頂きました。(図1)


      認知症サポーター養成など「つなぐ」人の養成や、チームオレンジなどの環境整備も重要ですが、そもそも当事者に対する直接的な施策が不足していることに気が付いたのです。気軽に外出できる場がなかったり、サポーターも高齢化していたり、当事者が発言できる機会がないなど、認知症における連携課題はサービスへ「つなぐ」役割より当事者を直接支える「資源づくり」が急務だと考えました。例えば以下のようなことが考えられます。
       プログラムの内容の更新やチームオレンジの活動を「場づくり」とともに「当事者を支える資源づくり」として支援する仕組みづくり。
       「認知症者に必要なプログラムとは何か」を考えるセミナーの企画。
       そもそもの話で「認知症キャラバンメイトや認知症サポーターの目的は何か」を考えたり、認知症対策(初期支援チーム等)のゴールは単にサービスへつなぐこと(デイサービス利用)でよいのかどうかを考え直す。
       重要なのが「認知症と診断された当事者の心の悩みはどこで解決するのか」といった「支える」資源づくりなのではないだろうか。
      オレンジカフェで認知症の先輩に悩みを打ち明け、話を聞く場など「当事者を支える資源」を作る必要がありそうです。こういった目的の実現に医療機関や地域包括支援センター、介護支援専門員や関係機関が協力し、支援者や医療介護関係者向けではなく、当事者を中心に据えた認知症施策を豊かにしていく活動が必要と思われます。

      【地域包括ケアシステムの構築状況の点検ツールの活用】
      やはり、認知症の人に対して、対応する施策である認知症施策推進事業のみでは限界があります。他の事業も含め協力していくことの必要性は容易に理解できますが、しかし立ちはだかるのが、「事業の縦割り」です。事業の立ち上げや整備を優先するあまり、本来の「何のために」、「誰のために」行っている事業なのかが不明確なまま、事業の立上げや整備そのものが単純作業と化して担当職員や地域住民が疲弊していたり、各担当者の人事異動等により事業を開始した当時の理念やビジョンが伝承されず整備が進まない状況があります。そこで私たちが活用したのが、㈱日本総合研究所が発表した「地域包括ケアシステム~効果的な施策を展開するための考え方の点検ツール(参考資料参照)」です。このツールは、各市町村が、地域包括ケアシステムが目指す「目標」の達成に向け、介護・福祉分野やそれ以外の資源を活用した施策という「手段」が、十分な効果をあげているかを、できる限り客観的な指標を参照しつつ、自己点検する枠組みと視点を提供するツールです。特に施策レベルの点検の視点については、地域包括ケアシステムの構築で示されている5分野(医療・介護・介護予防・住まい・生活支援)の体制整備を複数の事業でどのように補い合い効果をもたらしているかを測ることができます。(図2)

      全6回の意見交換会では8つの施策レベルの視点のうち、特に4つに限定して意見交換を実施しました。このタイトルと内容をご紹介します。(図3)


      参加者した担当者からは以下の意見を頂きました。「生活支援コーディネーターが時間をかけ、各地でプレゼンするなどして情報を把握しているので、認知症支援推進員もその上に加わり活動している取り組みも知ることができた。」や「今できているところまでをきちんと評価することで事業担当者の気持ちが楽になった。いままでしておらず苦しかった。」縦割り事業の苦しみと統合化に期待する意見が聞かれました。
      さらに「活動はしているものの、地域包括支援センターが主体となってしまっていた。少しずつ住民、ボランティアへお返しして、住民主体に取り組みに変えて行かなければならない。」や「地域の目指す姿を表現すると、この表現を住民へ説明する際にそのまま伝えやすくなると感じた。」こと。また「オレンジカフェでは、自分たちの企画したものではなく、住民が既に自主的に実施しているものがあり、これをどう把握するか、支援をどうするかというスタンスでもよいと感じた。つまりなんでもすべて我々がゼロから組み立てなくても良いのだと理解した。」など当事者中心に活動軸を転換すべきてあるという意見が聞かれました。

      【在宅医療・介護連携推進事業における認知症の人への扱い】
      ここまでお読みいただければご理解いただけたと思います。在宅医療・介護連携推進事業をはじめとする包括的支援事業は「地域包括ケア推進」という共通の目的があります。そのために国は様々な施策を検討し、市町村で実施するよう求めています。国から降りてきた事業を単なる「指令書」として理解するのではなく、我々の街の当事者のために、どのように協力して活用するかという視点が重要です。在宅医療と介護において認知症の人は欠かせない対象者の一人として活動を続けていきたいと思います。

      参考資料
      地域包括ケアシステムの構築状況の見える化に向けた調査研究事業
      株式会社日本総合研究所 経営コラム
      2022年04月08日 齊木大、山崎香織、辻本まりえ
      https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=102435

      在宅医療・介護連携推進事業におけるコーディネーターの関わり

      介護新聞連載の第11回と第12回「在宅医療・介護連携推進事業におけるコーディネーターの関わり」その1です。紙面では2回に分けて掲載されました。ここでは一つにまとめます。

      第1回目は「地域課題を操作定義して、活動目標を具体化する」です。

      在宅医療・介護連携推進事業は全道すべての市町村で実施されていますが、その多くが地域包括支援センターや自治体直轄などで実施されています。医療と介護の連携を考える上で、医療機関の仕組みや役割を知っている者の方がコーディネーターとしては課題を見つけやすいといえるでしょう。今回から在宅医療・介護連携推進事業におけるコーディネーター活動のコツを3回紹介して私の連載を終えたいと思います。第1回目は「目標を操作定義して、活動を具体化する」です。

      在宅医療・介護連携推進事業では令和2年9月に厚生労働省から「在宅医療・介護連携推進事業の手引きVer.3」が発出されました。師匠の言う道具とはこの手引きの(ア)から(ク)にあたります。「地域の医療・介護の資源の把握」「医療・介護関係者の研修」や「在宅医療・介護関係者に関する相談支援」など8つの事業項目が必要な基本的事項として提示されています。(図1)


      彼は事業担当者が道具に使われている原因を、事業項目を「指令書」のごとく真面目にかつ忠実に従い過ぎているからだと言います。「素晴らしい指令書を事業項目ごとに縦割りに丸呑みし、指令書を一字一句読み解き、記載通り実践してしまう。その結果ほぼ失敗し、自分が未熟だからと自分を責めている。」と分析しました。

      ではどうしたらよかったのでしょうか。彼は続けます。「所詮手引きは事業費付きの小道具集。法律の範囲内でどう使おうと自由と考える。その上で指令書は取り扱い説明書として一応、しっかり読む。」とのことです。つまりその事業が目的とすることをしっかり踏まえた上で、わが町の課題解決として事業を使いなさいということです。

      他の先進地域で実践された取り組みは確かに参考にはなります。しかし紹介されている取り組みは単なる「小道具」と理解しましょう。ゆえに当該事業の目的である「医療と介護の両方を必要とする状態の高齢者が、住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる」ために私たち自身の地域の課題を解決るというスタンスで取り組めばよいのです。

      道内の市町村で実施されている在宅医療・介護連携推進事業の取り組みを、幾つかの自治体のホームページで検索してみて下さい。冒頭に述べた8つの事業項目ごとに記述されている自治体が多いことに気付くでしょう。真面目な事業担当者は間違わないように「手引き」に従って進めようとします。その結果、事業項目に取り組んでも何かうまくいっていない、といった感想を幾つかの自治体担当者からお聞きしました。前述の「在宅医療・介護連携推進事業の手引きVer.3」には小道具である在宅医療・介護連携推進事業の8つの事業項目とその使い方が書いてあるのみで「何を課題に、何を目標にするか」は書かれていません。ですので自治体が実施する事業の活動目標を曖昧にしたまま、手引きに示されている道具につい飛びついてしまうのだと思います。

      厚生労働省の名誉のため付け加えますが、手引きVer.3には「本事業の構造や進め方についての理解が不足している状況もみられ、8つの事業項目を行うこと自体が目的になっているのではないかとの指摘もある。」と厚生労働省も告白しました。「地域の目指す理想像として、切れ目のない在宅医療と在宅介護の提供体制の構築を目指す」ことが大切だと改めて事業目的の重要性を強調しているのです。

      まずはこの事業の目的を達成するための具体的な活動目標を決めなければなりません。旅行に例えるなら、出かける際の目的地を決めることに似ています。目的地が決まると何で移動するかを考えるでしょう。飛行機で行くかJRにするか、自動車で行くか、徒歩でいいのかなどが導けます。目的地が具体的であればあるほど活動方法が明確になり、進め方に迷いが少なくなります。私の経験から具体的な活動目標を作るための3つのコツを紹介します。

      皆さんも多くの地域で課題を探る研修会を開催し、多職種によるグループワークを実施しているでしょう。ここで出される意見は非常に重要な課題や情報です。しかしこの課題をそのまま活動目標にしてはいけません。抽出される課題には「病院とケアマネジャーの連携が悪い」「在宅看取りが少ない」など、具体的なようでいざ活動しようとするとどうしていいか分からない漠然としたものとなっていることに気づくでしょう。課題をそのまま目標にする例を挙げれば「病院とケアマネジャーの連携をよくする」という表現になるでしょうか。まだまだ先の例で挙げた目的地は明確になっていません。なぜなら連携がよくなっている状態が(とりあえずでも)決まっていないからです。

      そこで課題を操作定義してみましょう。「病院からケアマネジャーへ退院前連絡が来る割合を80%にする」という表現がこれにあたります。どうでしょうか。目的地が明確になった気がしませんか。活動目標を操作定義するということはこういうことです。もちろん連絡割合以外の目標もあるでしょう (これは今回このあと3つ目の「視点を切り替える」でお話しします)。すると操作定義したこの目標を達成するには次にどうしたらいいかすぐに思い浮かびませんか。例えば、今の連絡率は何%なのか、連絡率が低い病院や連絡がこない医療機関側の理由は何なのかなど、何を調査してどう取り組めばよいかすぐに思い浮かぶでしょう。

      操作定義のコツは、達成した状態や結果が誰の目にも明らかになるように「数えられる、測れる」ようにすることです。またどのくらい増えたか、減ったかなど増減の考え方を用いると活動が進展していることが実感でき、活動に自信が持てるようになります。参考までにある研修会で参加者から寄せられた課題と困りごとに対する操作定義への私からのヒントをまとめたものを紹介しておきます。(図2)

      「心不全で入退院を繰り返す住民がいる」という問題に対し、目標は「心不全による再入院率を〇〇%へ低減する」といった感じです。問題とは通常、住民が困っていることや不利益になっていることを指しますが、目標は必ずしもその問題の表現と一致するものではありません。問題の状況と、それを解決するために設定する目標は異なります。

      前述の「病院とケアマネジャーの連携が悪い」に対する目標例を「病院からケアマネジャーへ退院前連絡が来る割合を80%にする」にしてみました。果たして退院前連絡が来る割合が増加することが連携の改善になるのかどうか。これは事業コーディネーターと関係者とが協議してすり合わせて決定するものです。私の理屈から言うと、まずは連絡が来ていないなら、今年から2~3年は連絡率の増加に取り組み、連絡が来るようにする。そして4年後からは連絡内容を改善することで連携の質を向上させようと考えます。

      つまり課題解決は幾つもの段階があり、一つ一つの段階を1年から2年くらいで達成していくイメージで作れば良いのです。目標は将来に対する私たちの「選択」なのです。
      次回はこの目標を操作定義したあと、どのように段階を踏んで活動計画を立てるかについて書いてみたいと思います。