第19号ニュースレター 2026.6.1発行

令和7年8月により北星記念病院は北海道より北見在宅医療圏域における「在宅医療に必要な連携を担う拠点」へ指定されました。これに伴い、今号より「北見在宅医療圏連携拠点センター」との合同のニュースレターとしてお送りします。

【寄稿】 看取りの質は「関わりの中でつくられる」 ― ご家族の声から見えてきた3つのかたち ― 高齢者施設における遺族調査の結果速報  

 米田 将基(理学療法士)Cathalyst(カタリスト)

北見市では65才以上高齢者の8.1%が老人ホーム(特養・養護・軽費・有料)で亡くなられています。その看取りの質について検討することは、ケア専門職にとっても行政にとっても、重要な情報です。今回、在宅医療・救急医療ワーキングチーム会議(北見市在宅医療・介護連携推進事業・北見在宅医療圏連携拠点センター)では市内10施設の特別養護老人ホームの協力により、施設を死亡退所した遺族に対し、看取りに関する調査をおこないました。

調査アンケートでは、多くのご家族が「よくしてもらった」「ありがたかった」といった感謝を述べており、日々の関わりの積み重ねが大切に受け止められていることが伝わってきました。一方で、その内容を丁寧に見ていくと、看取りの体験はひとつではなく、いくつかの異なるかたちがあることがみえてきました。

▌看取りの3つのかたち

今回の結果から、看取りは大きく3つの傾向に分かれました。

①よい形で見送れた看取り

このグループでは、「感謝」「よかった」という言葉が多く、本人・家族・職員の関係性が良好でした。死の質を評価する指標(Good Death Inventory)も高得点であり、全体として穏やかに終末を迎えられています。これは、「関係性と納得がそろった看取り」と言えそうです。

②支えられて成立する看取り

このグループでは、本人としては認知機能や身体機能の障害が重く、生活に難しさがある状態でした。しかし、「任せてよかった」「安心できた」という声が多く、ご本人の状況を逐次連絡しているなどの体制に思いの重心が置かれていました。死の質もグループ①と同様に高く、職員との関係が支えになっている「ケアによって支えられた看取り」のかたちとなっていました。

③気持ちの整理が難しい看取り

このグループは、「後悔」「迷い」「どうだったのか」という語りが特徴的であり、対応や判断に対する違和感を伝える声が多く書かれていました。看取りの意味づけが揺れており、死の質もやや低い「気持ちがのこる看取り」でした。

▌ご家族の語りから見えてきたこと

ご家族の自由記載を整理すると、①感謝の言葉はどのグループにも多く、②「任せられる安心感」は看取りの安定につながる一方、③「これでよかった」と思えるかどうかが大きな分かれ目になっており、④後悔や迷いは一定数存在する、ことがわかりました。したがって、施設内の看取りは単なる結果ではなく、専門職や家族がどのように関わり、どのように受け止められたかで大きく変わることを示しています。

▌現場への示唆

今回の結果からは、いくつかのヒントが示唆されます。①家族との関係は「看取りの質そのもの」であり、説明や関わり方が、その後の受け止めに影響している(離れて住んでいても、家族である)

②「任せられるかどうか」が重要であり、技術だけでなく関係性が鍵となって、安心感が入所者の死の質を支えている

③看取りは「亡くなられたあとも続いて」おり、語ることでご家族の気持ちが整理されるように、看取り後の関わりにも意味がある

▌最後に

今回の結果は、看取りの質を「良い・悪い」で評価するのではなく、「関係性の中でどのように成立しているか」という視点の重要性を示しています。

また、自由記載の中には「語ることで気持ちが軽くなった」という声もあり、看取り後の関わりの重要性も示唆されました。

今後も、ご本人だけでなくご家族も含めた関わりを大切にしながら、よりよい看取りのあり方を考えていく必要があります。

「死の自己決定」はなぜ制度に裏切られるのか 「どこで死ぬか」ではなく、「どう生き切るか」について考える

北見在宅医療圏連携拠点センター 関 建久

記事では、「自宅で最期を迎えたい」と希望する人が多い一方、実際に在宅で看取られる人は少ない現状について述べられていました。一般的には在宅医療の不足が主な理由と思われています。しかし佐々木先生は、問題の本質はそこではなく、「本人の希望を実現できる制度設計になっていないことにある」と指摘しました。特に印象的に残ったのは、「本人の希望」よりも、「何かあったときに、周囲(親戚や世間)に対して納得のいく言い訳ができる」ことが優先されてしまう、という言葉です。

在宅での看取りには、急変時の不安のみならず、何かあった際の責任の曖昧さがあります。一方で入院すれば責任の所在は医療機関に移ります。そのため、本人が「家で過ごしたい」と望んでいても、周囲へ正当な理由を説明できること(説明責任の担保)が優先される。これは現場でも確かに起きていることだと感じます。

▌ACPは「確認」ではなく「実現」のためにある

また、ACP(人生会議)についても、「意思を確認すること」が目的化してしまっているのではないか、という指摘には深く納得しました。本来ACPは、本人の価値観や希望を支え、その実現に向けて伴走するためのものです。しかし現実には、「確認した」「記録した」で終わってしまうことも少なくありません。

私たちが本当に考えなければならないのは、「どこで死ぬか」ではなく、「最期までどう過ごしたいか」なのだと思います。

「自宅で死ぬこと」そのものが目的ではありません。住み慣れた地域、人とのつながり、自分らしい生活が保たれること。その延長線上に、その人らしい最期があるのだと思います。

▌「循環するACP」という視点

だからこそ、ACPも「延命するかどうか」を指向するのではなく、日々の暮らしや価値観について対話し続ける営みであることが必要です。そしてその対話は、医療機関だけでも、介護側だけでも完結しません。入院をきっかけに始まり、退院後も地域で育てられ、再入院時にまた確認される。そんな「循環するACP」が必要なのではないでしょうか。

▌支える側の安心をどう設計するか

また記事の最後にあった、「支える側の安心も同時に設計しなければならない」という言葉も印象的でした。

在宅療養を支えるには、本人だけでなく、家族や支援者も「何かあったときに支えがある」と感じられることが重要です。

今後、超高齢社会が進む中、私たちは「どこで看取るか」だけでなく、「本人の希望をどう支えるか」を地域全体で考えていく必要があります。ACPとは、そのための「対話の土台」なのだと改めて感じました。

ACPとは、「最期の医療」を決めることではなく、「どう生きたいか」を支える対話です。これからも地域の医療・介護関係者とともに、その対話を支える土壌づくりを進めていきたいと思います。

▌研修会のお知らせ

6月16日(水)開催予定の「第4回 北見在宅圏域多職種連携・ケアネットワーク研修会」では、「フュータイル・ケアと人生会議 ー後悔しない最期のためにー」 をテーマに開催します。多くの方のご参加をお待ちしています。(4頁参照)

「迷わない地域づくり」へ、スノーフレーク・リーダーシップ              北見在宅圏域多職種連携・ケアネットワークの令和8年度の活動計画が始動します

▌活動の核となる「4つの場面」と「8つの事業」

北見在宅医療圏域(北見市、美幌町、津別町、訓子府町、置戸町)の医療・介護・福祉の未来をつくる「北見在宅圏域多職種連携・ケアネットワーク」の令和8年度活動計画を決定しました。在宅医療の現場では、入退院、日常の療養、急変時、看取りといった様々な場面でどう判断すべきかという「迷い」が生じています。本ネットワークは、「迷わない地域づくり」をスローガンに、現場の困りごとを解決するための具体的な8つのプロジェクトが打ち出されました。私たちの目指すのは、10年後に「日本で一番、最期まで暮らせる地域」「医療や介護のことで迷わない地域」と評価されるモデルの確立です。これまでの多職種連携をさらに現場のニーズに即した「4つの在宅医療の場面」に整理して活動を展開します。

1. 入退院支援

①入退院時情報共有ルール整備

市町ごとに異なる連絡ルールを整理し、標準的な情報共有の仕組みを構築します。

②地域でつなぐACP推進

「平時は切り出しにくい」という現場の声に応え、「入院」をきっかけに対話を開始(一言聞き、一行記録する)し、在宅へ繋ぐ継続モデルを推進します。

2. 日常の療養支援

③重度化予防推進

口腔・栄養・運動・服薬を一体的に捉え、多職種でフレイル予防に取り組みます。

④高齢者施設連携強化

形式的な協力医療機関契約を超え、急変時や入院調整において「実際に機能する連携」のマッチングを支援します。

3. 急変時の対応

⑤救急搬送適正化・不搬送ルール検討

搬送の判断に迷う現場の負担を軽減し、本人や家族の意思に沿った判断を地域ルールとして確立します。

⑥看取りの質(QoD)調査

施設や在宅での看取りに関する遺族アンケートの結果を地域へ還元し、ケアの質向上に繋げます。

4. 看取り

⑦在宅医療グループ診療体制構築

医師の負担を分散させ、持続可能な24時間のバックアップ体制を検討します。

⑧在宅医療普及啓発

10月に開催予定の「北海道在宅医療推進フォーラム in きたみ」を通じ、住民と共に「自分らしい最期」を考えます。

▌スノーフレーク・リーダーシップ

代表幹事の菊地憲孝先生(オホーツク勤医協北見病院 院長)は、「雪の結晶(スノーフレーク;以下参照)のように現場の一人ひとりがリーダーシップを発揮し、繋がっていく組織」を理想として掲げました。

https://eijionline.com/n/nb419f9f1b880より

積極的に活動するメンバーだけでなく、「まずは様子を見たい」という方も歓迎するなど、誰もが心理的に安全に参加できる環境を整えます。

▌共に活動する仲間を募集します!5月26(火)に開催された「第3回研修会」にて、これらのワーキングチームのメンバー募集を開始しました。住民はもちろんのこと 「支援者を孤立させない在宅医療文化」を、私たちと一緒に育てていきませんか。

令和8年度の研修会などのご案内 北見在宅医療圏連携拠点センターと北見市医療・介護連携支援センターでは令和8年度に以下の研修会を開催いたします。日時が未定のものについては決定次第ご案内いたします。

第4回 北見圏域多職種ネットワーク研修会 ←詳細はこちら

フュータイル・ケアと人生会議 -後悔しない最期のために-

日時: 令和8年6月16日(火) 18:30から20:00

場所:オホーツクJA Bldg.(オンライン参加可)

対象: 北見在宅医療圏の医療・介護従事者

報告:施設入所高齢者の死亡時ケアと医療的対応に関する  質問紙調査研究調査速報

講演:フュータイル・ケアと人生会議₋後悔しない最期のために₋

講師:橋本 政明 先生 逢縁クリニック(最高顧問・医師)

締切り: 6/11(木)まで

第9回 通所サービス事業所意見交換会 ←詳細はこちら

通所ケア実践ラボ(Lab.) ‐知恵と工夫のケアを共有し、多職種で学ぶ‐

今回は現場の実践を持ち寄り、意味を読み解き、誰もが使えるケアの知識として共有する場をつくります。単なる情報交換の場に留まらず、ケアの実践知を持ち寄り、専門知で意味づけし、地域(通所サービス職員や介護支援専門員)で共有・蓄積する「知識生産の場」とします。

日時:令和8年7月16日(木) 18:00~19:30

場所:北見市役所 5階 505会議室

対象:北見市内の通所介護、通所リハビリ、居宅介護支援事業所や介護予防に携わるケアマネジャー、その他

締切:7/13(金)

第5 回 北見圏域多職種ネットワーク研修会  ←申込はこちら

「相談される薬剤師」になる条件― 薬剤師の提案をチームで完成させる―

日時:令和 8 年 7 月 24 日(金)18:30~20:00

場所:オホーツク JA Bldg.

担当:北海道薬剤師会北見支部、北見在宅医療圏連携拠点センター

第 6 回 北見圏域多職種ネットワーク研修会

地域でつなぐ ACPを考える(予定)

日時:令和 8 年 8 月中下旬18:30~20:00(日時未定)

場所:オホーツク JA Bldg.(場所未定)

担当:地域でつなぐ ACP 推進ワーキングチーム

第 7 回 北見圏域多職種ネットワーク研修会

入退院連絡における情報共有の課題と解決を考える(案)

日時:令和 8 年 9 月頃 18:30~20:00(日時未定)

場所:オホーツク JA Bldg.

担当:入退院時情報共有ルール整備ワーキングチーム

北海道在宅医療推進フォーラム in 北見

日時:令和 8 年 10 月3 日(土)10:00~15:00 (仮)

場所:オホーツク JA Bldg.

対象:地域住民・医療・介護関係者

公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団 2026 年度ブロックフォーラムの助成を受け開催予定です

第 5 回北見市医療と介護の実践報告会

日時:令和 8 年 10 月3 日(土)15:30~17:30 (予定)

場所:オホーツク JA Bldg.

対象:医療・介護関係者

演題:演題を募集近日開始します(8演題の予定)

第 8 回 北見圏域多職種ネットワーク研修会

社会的健康規定因子(SDH)の視点から多職種連携を考える ‐ なぜ連携しても悪くなるのか、その構造に迫る ‐

日時:令和 8 年 11 月 6 日(金)18:30~20:00

場所:オホーツク JA Bldg.(予定)

講師:西岡 大輔先生

(神戸大学大学院医学系研究科 社会健康公正学部門・准教授・医師・社会福祉士)

社会的健康規定因子(SDH)とソーシャルワーク

日時:令和8年11月7日(土)14:00~16:00

場所:オホーツクJA Bldg.

社会的健康規定因子(SDH)の視点を通じ、クライエントの健康課題を医療的要因にとどめず、生活環境や社会構造の影響として捉え直し、個別支援と構造的課題への介入を統合的に実践する視点を獲得します。

講師:西岡 大輔先生(神戸大学・医師・社会福祉士)

ワークショップ:「この人は、どこで悪くなったのか?」をSDHで再構成する

対象:医療ソーシャルワーカー、社会福祉士

【ご案内】

北見在宅圏域多職種連携・ケアネットワーク チームメンバーを募集します。添付のチラシよりお申込みください。

入会をご確認後、ワーキングチームごとに会議などのご案内をさせて頂きます。関わりの度合いに応じた参加で結構です。多くの皆さんの応募をお待ちしています。

人口減少社会の中で、これからの介護と意思決定支援を考える

令和7年4月17日、オホーツク地区老人福祉施設協議会の総会・研修会で講演を行いました。
この協議会は、主に特別養護老人ホームなど高齢者施設で構成される団体です。

本来は昨年掲載予定だった内容ですが、下書きのまま公開されていなかったため、あらためて整理してご紹介します。

今回のテーマは、「人口減少社会の中で、医療と介護はどう変わるのか」、そして「これからの意思決定支援をどう考えるか」でした。

“2025年問題”は、すでに始まっている

2025年には、いわゆる団塊の世代約800万人が75歳以上となります。
大きな社会変化が起こると言われていますが、日常生活ではまだ実感しにくいかもしれません。

しかし、地域の医療・介護現場を見ていると、変化はすでに始まっています。

北見市から受託している「在宅医療・介護連携推進事業」を通じて感じるのは、人口減少による影響が、水面下で静かに進行しているということです。

介護職員不足、医療機関の負担増、受け皿不足…。
このまま何もしなければ、地域の医療と介護は徐々に維持が難しくなっていきます。

これから起こるかもしれない地域の変化

人口減少と高齢化が進むことで、次のような状況が現実味を帯びてきます。

  • 退院後に介護サービスが受けられない
  • 救急搬送を依頼しても受け入れ先が見つからない
  • 施設入所を希望しても空きがない
  • 医療や介護への不安から都市部へ転出する人が増える

特に地方では、「人手不足」があらゆる課題の根底にあります。「誰かが支えてくれる」前提そのものが成り立たなくなりつつあります。

特別養護老人ホームに求められる変化

特別養護老人ホームでは、今後さらに医療ニーズの高い入所者が増えると考えられます。

これまで施設で対応が難しかった医療処置も、一定程度は受け入れていかなければ、入所者確保そのものが難しくなる可能性があります。

また、

  • 介護職員不足
  • 収益低下
  • 小規模施設の運営困難

などにより、法人合併や事業譲渡も増えていくかもしれません。

その中で重要になるのが、「医療機関との連携」です。

単に“入院先を確保する”という関係ではなく、

「施設でどこまで支えるか」
「どのタイミングで医療につなぐか」

を、日頃から具体的に相談できる関係づくりが必要になります。

デイサービスも転換期を迎える

デイサービスも大きな転換点にあります。

今後は、要介護1・2の利用者まで総合事業へ移行する可能性があり、従来型デイサービスは利用者減少の影響を受けることが予想されます。

背景には、

  • 介護財政の問題
  • 介護職不足
  • 「改善につながるサービス」が求められていること

があります。

つまり、これからは「ただ通う場所」ではなく、

  • 心身機能の維持・改善
  • 生活機能の向上
  • 本人の暮らしを支える成果

が、より重視される時代になっていきます。

“元気な高齢者”が地域を支える時代へ

総合事業では、「住民主体の通いの場」が重要視されています。

地域の高齢者同士が体操や交流を行い、軽度者を地域で支える仕組みです。

限られた介護人材で地域を支えるには、

  • 軽度者は地域で支え合う
  • 重度者は専門職が支える

という役割分担が避けられない状況になっています。

介護専門職は、より重度者支援や専門性の高いケアへシフトしていくことが求められるでしょう。

意思決定支援は「最期の話」だけではない

今回の講演で特にお伝えしたかったのが、「意思決定支援」の考え方です。

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)は、単に看取りや延命治療を決めるためのものではありません。

本来は、

  • 本人がどんな暮らしを望むのか
  • どんな時間を大切にしたいのか
  • どんな時に安心できるのか

を支えるための取り組みです。

「施設で看取ること」が必ずしも最善とは限りません。

最期まで施設で過ごすのか、入院するのか。
どんな医療を受けるのか。

それを決めるのは、本人と家族です。

だからこそ、最期の瞬間だけではなく、“今の暮らし”をどう支えるかが大切になります。

これからの15年に向けて

これからの社会は、ゆっくりと縮小していきます。

人に頼ろうとしても、その「人」自体が減っていく時代です。

その中で、

  • どんな利用者を支えるのか
  • どの医療機関と連携するのか
  • 施設として何を大切にするのか

を、今から考えていく必要があります。

そして意思決定支援とは、「死ぬ時の話」ではなく、“その人が、生きている今をどう充実して過ごすか”を支えることなのだと思います。

「最期まで暮らせる地域」へ 令和8年度の活動計画が始動します

北見圏域の医療・介護・福祉の未来をつくる「北見在宅圏域多職種連携・ケアネットワーク」の令和8年度活動方針が決定しました。
今回の幹事会では、「迷わない地域づくり」をスローガンに、現場の困りごとを解決するための具体的な8つのプロジェクトが打ち出されました。

私たちの目指すのは、10年後に「日本で一番、最期まで暮らせる地域」「医療や介護のことで迷わない地域」と評価される北見モデル(北見Way)の確立です。

今年度の核となる「4つの場面」と「8つの事業」
これまでの多職種連携をさらに一歩進め、現場のニーズに即した「4つの場面」に整理して活動を展開します。

入退院支援
入退院時情報共有ルール整備:市町ごとに異なる連絡ルールを整理し、標準的な情報共有の仕組みを構築します。
地域でつなぐACP推進:「平時は切り出しにくい」という現場の声に応え、「入院」をきっかけに対話を開始(一言聞き、一行記録する)し、在宅へ繋ぐ継続的モデルを推進します。

日常の療養支援
重度化予防推進:口腔・栄養・運動・服薬を一体的に捉え、多職種でフレイル予防に取り組みます。
高齢者施設連携強化:形式的な協力医療機関契約を超え、急変時や入院調整において「実際に機能する連携」のマッチングを支援します。

急変時の対応
救急搬送適正化・不搬送ルール検討 搬送の判断に迷う現場の負担を軽減し、本人や家族の意思に沿った判断を地域ルールとして確立します。
看取りの質(QoD)調査:施設での看取りに関する遺族アンケートの結果を地域へ還元し、ケアの質向上に繋げます。

看取り
在宅医療グループ診療体制構築:医師の負担を分散させ、持続可能な24時間のバックアップ体制を検討します。
在宅医療普及啓発:10月に開催予定の「北海道在宅医療推進フォーラム in きたみ」を通じ、市民と共に「自分らしい最期」を考えます。

活動のポイント:スノーフレーク・リーダーシップ
代表幹事の菊地憲孝先生は、「雪の結晶(スノーフレーク)のように、現場の一人ひとりがリーダーシップを発揮し、繋がっていく組織」を理想として掲げています。

共に活動する仲間を募集します!
5月26日(火)に開催される「第3回 北見圏域多職種ネットワーク研修会」にて、これらのワーキングチームのメンバー募集を開始します。
住民はもちろんのこと 「支援者をも孤立させない地域医療・介護文化」を、私たちと一緒に育てていきませんか。

第3回 北見圏域多職種ネットワーク研修会(5/26開催)
講演:地域の医療・介護文化をつくる -入退院、急変、看取り、その迷いをどう支えるか-

第4回 北見圏域多職種ネットワーク研修会(6/16開催)
講演:フュータイル・ケアと人生会議 -後悔しない最期のために-

地域でつなぐACP推進事業 -入院を起点とした継続的対話モデル- への期待

意思決定は、なぜリセットされてしまうのか

在宅医療連携の現場に関わる中で、ずっと感じていることがあります。それは、「意思決定がつながっていない」ということです。

入院するたび、退院するたび、そして急変のたびに、その都度、「どうしますか」と問い直されています。

もちろん、その問いは必要です。
しかし本来、本人の意思や価値観は、その都度“作り直されるもの”ではなく、時間をかけて積み重なっていくものです。

これまでACPが地域で取り組めるよう取り組んできました。一定数の医療職の方やケアマネジャーは既に実践しています。
しかし多くの現状では、医療と介護の場面ごとにその対話が分断され、結果として意思決定が「リセット」されてしまっているのです。
ここに、地域としての大きな課題があると考えています。

入院という「これからを振り返る機会」を活かす

これまでACPは、「いつ始めるかが難しい」と言われてきました。
ケアマネジャーの皆さんは、「ACPの取り組みの必要性は理解できるが、平時(病状の安定期)に利用者へACPを持ち掛けることはタイミングとして難しい、きっかけが必要」という声が多く聞かれました。
確かに、日常の安定した生活の中で切り出すのは容易ではありません。

一方で、入院した場合はどうでしょうか。
患者・家族にとって、今後の生活や医療のあり方を考えざるを得ないタイミングであり、医療者が自然に関わることができる場面でもあります。

そこで、入院を「起点」にしてはどうかと考えたのです。

大きなことをする必要はありません。「これから大切にしたいことは何ですか」
その一言を問いかけ、一行だけ記録に残す。

その小さな対話が、退院後の在宅療養につながり、再入院時にまた引き継がれていく。

「決める」から「育てる」へ

意思決定とは、一度決めて終わるものではなく、状況に応じて変化しながら“育っていくもの”、“変わっていくもの”です。

医療の場面だけで完結させるのではなく、在宅、施設、そして再入院と、地域全体で対話をつないでいく。

その仕組みを整えることが、これからの在宅医療に求められているのではないでしょうか。

迷わない地域とは何か

「迷わない地域」と聞くと、迷いが存在しない状態を想像しがちです。
しかし実際には、医療において迷いがなくなることはありません。
重要なのは、その迷いを“個人に背負わせない”ことです。

地域の中で支え合いながら、迷いながら意思決定ができる状態、それこそが「迷わない地域」なのだと思います。

今回取り組もうとしている「地域でつなぐACP推進事業 -入院を起点とした継続的対話モデル-」は、決して新しい仕組みを一から作るものではありません。

今ある医療と介護の間に、「対話をつなぐ流れ」を取り戻す取り組みです。

まずは無理のない形で、小さく始める。
その積み重ねが、地域の医療・介護文化をつくっていく。

そのような視点で、関係機関の皆様と共に検討を進めていければと考えています。

私たちの任務かどうか引き受ける態度で「私たちは何者か」が決まる

時折、過去の自分に出会い直すような瞬間がある。先日、2022年に医療ソーシャルワーカーの全国大会シンポジウム「我々は何者なのか? 過去、現在から未来に向けて考える」で私が講演した資料が、ひょんなことから出てきた。

読み返してみると、不思議な感覚になる。「ああ、そうだな」と素直に思う。自分で書いたものだから当然なのだが、同時に、今の実践の中でもなお有効な問いがそこに残っていた。

当時、私は少し挑発的な立場をとっていた。「私たちは何者か」を問うべきなのは、私たち自身ではない。
それを規定するのは、常に“他者”である。

医療ソーシャルワーカーとは何か。どれだけ制度に位置付けられ、診療報酬に明記されたとしても、社会や住民がその存在を認識していなければ、それは「何者でもない」に等しい。

にもかかわらず、私たちはしばしば、自分たちの役割を自分たちで定義しようとする。それはどこか内向きで、自己完結的で、そしてどこか「安全」な営みでもある。

在宅医療・介護連携の現場では、よくこう問われる。

「で、どうすればいいんですか」

入退院時の連絡が来ない。
来ても内容が使えない。
担当者によって質がばらばら。

これは医療ソーシャルワーカーに限った話ではない。
多くの職種が、制度や環境の制約の中で仕事をしている。

「診療報酬で決められているから」
「所属機関の方針だから」
「時間がないから」

確かに、それらは事実である。
しかし同時に、それらは「できない理由」としても機能してしまう。

ここで問われるべきは、能力や制度ではない。
その課題を「自分たちの任務として引き受けるのかどうか」という態度である。

かつて、社会福祉士が診療報酬に明記される以前、医療ソーシャルワーカーは医療機関の中で極めて曖昧な存在だった。

院内の「何でも屋」。
どこにも属さず、しかしどこにでも関わる。

それは裏を返せば、「境界を持たない職種」でもあった。

だからこそ、常に問われてきた。
これは仕事(work)なのか、それとも単なる労働(labor)なのか。

この問いに明確な答えはない。
しかし一つ言えるのは、医療ソーシャルワークとは本来、制度や役割の外側ににじみ出る「社会の困りごと」を扱ってきた実践だったということだ。

「これがなければ医療ソーシャルワーカーではないもの」

「私たちは何者か」を直接問うよりも、
「これがなければ医療ソーシャルワーカーではないものは何か」と考える方が、本質に近づくように思う。

なぜなら、私たちの対象は常に変化してきたからだ。

医療、介護、生活、地域—
その境界は揺れ続けている。

であれば、固定された役割や機能ではなく、どのような課題に向き合い、何を引き受けてきたのかこそが、その職種の輪郭を形作る。

近年、医療ソーシャルワーカーの世界にも、ある種の“短期志向”が広がっているように感じる。

いかに制度に位置付けられるか。
いかに現在の業務の価値を最大化するか。

もちろん、それ自体は重要である。
しかし、それだけでは「今良ければいい」という思考に陥る。

かつて、精神保健福祉士法案をめぐる議論があった。
その本質は、制度の是非ではなく、
「未来に向けて、私たちは何者であるべきか」という問いだったはずだ。

長期的な視点で、自らのあり方を問い続ける。
その営みこそが、職種の価値を形作っていく。

ここで改めて考えたい。

私たちの任務とは、あらかじめ決められているものなのだろうか。

確かに、制度や職務記述は存在する。
しかし現場で起きている問題の多くは、その外側にある。

入退院連携のほころび。
意思決定の宙づり。
地域での孤立。

それらに対して、「それは私たちの任務ではない」と線を引くのか。
それとも、「これは自分たちの任務だ」と引き受けるのか。

その選択の積み重ねが、結果として
「私たちは何者か」は外側から規定されていく。

境界を引くほど、取りこぼしは増える

世界を正確に理解しようとすればするほど、私たちは物事を分解し、区別しようとする。しかし、部分を精緻にすればするほど、全体はその分だけ広がっていく。

つまり、「ここまでが自分たちの仕事だ」と明確にすればするほど、「それ以外」は誰の仕事でもなくなっていく。そしてそこに、社会の困りごとが取り残される。


結局のところ、「私たちは何者か」という問いに、先に答えはない。あるのは、日々の選択だけである。

その課題を引き受けるのか
見送るのか
関わり続けるのか
手放すのか

その一つひとつの態度が積み重なり、後になって「あれが私たちだった」と語られる。

医療も介護も、そして社会そのものも変わり続けている。薬剤師は対人業務へ、医師は社会的処方へと役割を広げている。それはすべて、「社会からの要請」に応じた変化である。

であれば、医療ソーシャルワーカーもまた、あるいは在宅医療・介護連携に関わる私たちもまた、
問うべきは「何者か」ではない。

目の前の課題を、自分たちの任務として引き受けるのかどうか。

その態度こそが、これからの私たちの輪郭を形作っていくのだと思う。

連携拠点は「情報生産者」になれるか

― 現場から考える在宅医療連携拠点の新しい役割 ―

地域で在宅医療・介護連携の仕事をしていると、よく感じることがあります。それは、私たちが普段触れている情報の多くが「外から来たもの」だということです。国の政策、他地域の先進事例、研究報告、研修資料。どれも大切な情報ですが、ふと立ち止まって考えると、私たちはそれらを学び、地域に紹介する「情報消費者」になっているだけではないだろうか、という疑問が浮かびます。

社会学者の上野千鶴子さんは、「情報消費者ではなく情報生産者になろう」という言葉を語っています。この視点は、在宅医療の連携拠点の役割を考えるうえでも、とても示唆的だと思います。

在宅医療の現場では、日々さまざまな出来事が起きています。退院支援の調整がうまくいった事例、連携が難しかった事例、在宅での看取りを支えた経験、あるいは救急搬送を巡って悩んだケース。これらは一つひとつが地域の現場で生まれた貴重な経験です。しかし多くの場合、それは個別の出来事として終わり、地域の「知識」として整理されることはあまりありません。

ここに、連携拠点の新しい役割があるのではないかと考えています。

私たちの仕事は、単に会議を開いたり、研修を企画したりすることだけではありません。地域で起きている出来事を丁寧に集め、その中に共通する課題や構造を見つけ出し、それを地域の知識として整理すること。そして、その知識を地域の中で共有し、さらには外へ発信していくことです。

例えば、地域ケア会議や多職種連携の場では、個別事例の検討が行われます。そこでは「なぜこの調整は難しかったのか」「どの段階で連携がうまく機能したのか」といった議論が交わされます。こうした対話の中から見えてくるのは、単なる個人の問題ではなく、地域の仕組みや関係性の課題です。

もしそれらの経験を丁寧に整理すれば、地域特有の連携の特徴や課題が見えてきます。そしてそれは、同じような悩みを抱える他の地域にとっても役立つ知見になるかもしれません。

「地域の実情に合わせて」という言葉は、在宅医療の議論でよく使われます。しかし本当に大切なのは、その「実情」がどのような経験や工夫から成り立っているのかを言葉にし、共有することではないでしょうか。

連携拠点が情報消費者から情報生産者へと役割を変えていくとき、地域の現場で積み重ねられてきた経験は、単なる日常の出来事ではなくなります。それは地域医療の未来を考えるための知識として、新しい意味を持ち始めます。

在宅医療の連携は、制度やマニュアルだけで完成するものではありません。地域の現場で生まれる経験や対話を通じて、少しずつ形づくられていくものです。

連携拠点とは、その経験を記録し、整理し、社会に伝える場所でもある。

そんな役割を、これからの拠点は担っていくのだと思います。

在宅医療を増やすだけでは足りない ― 医療資源を守る「地域文化」という視点

昨年2月、医療情報サイトの記事で興味深い取り組みを知った。
北海道由仁町の診療所が警備会社ALSOKと連携して始めた「診療所駆けつけサービス」である。

このサービスは、由仁町立診療所に通院しているかどうかに関わらず、月額462円で利用できる。体調の急変など緊急時には警備会社を通じて医療機関へ連絡が入り、必要に応じて往診につながる仕組みだという。

サービスの仕組み自体も興味深かったが、記事の中で特に印象に残ったのは、由仁町立診療所の島田医師の次の言葉だった。

この言葉には大きな示唆がある。
在宅医療を「増やすこと」だけを目的にするのではなく、地域全体の医療資源をどう使うかという視点で考えている点である。

私の住む北見地域でも、医療資源の減少は年々深刻になっている。これは北見に限った話ではなく、多くの地方都市が抱える共通の課題だ。

そのため各地で様々な取り組みが進められている。
例えば、主治医・副主治医制の導入による医師の負担軽減、ICTを活用した多職種間の情報共有、ACP(人生会議)の推進などである。これらはいずれも、医療・介護スタッフや住民の負担を軽減しながら在宅医療を支える重要な取り組みだ。

しかし、島田医師の発言が示しているのは、もう一つ別の視点である。


それは、医療資源が限られる地域だからこそ、地域全体で医療資源を最適に使うという「文化」を育てる必要があるという考え方だ。

島田医師は、かつて勤務していた長野県の佐久総合病院での経験について、次のように語っている。

ここで語られているのは制度やルールの話ではない。
地域の中に自然に根付いた医療の使い方の文化である。

人口減少が進む時代、地域の課題は数多い。医療資源の確保を、減少していく医療・介護スタッフの努力や工夫だけで解決するには限界がある。だからこそ、資源の確保と同時に、地域全体で医療資源をどう使うかという視点が必要になってくる。

昨年12月、北海道の在宅医療連携拠点事業の開始にあわせて、北見地域でも「北見在宅圏域多職種連携・ケアネットワーク」という医療・介護専門職のネットワークが立ち上がった。

発足会で講演された医師は、次のように話していた。

医療や介護の枠を超えた地域活動、例えば防災訓練や地域イベント、食事会など、一見すると医療とは関係のない活動が、実は地域のつながりを生み、在宅医療を支える土壌になっていくという。

地域づくりとは、制度を整えることだけではない。
人々の中に「それが当たり前だ」という感覚が、少しずつ育っていくことなのだと思う。

過剰な在宅医療や不要な入院を防ぎ、地域全体で医療資源を大切に使う。そうした考え方が、医療・介護職だけでなく地域の住民にも共有されていくこと。それが、医療資源の限られた地域でこれからますます重要になるのではないだろうか。

地域住民が医療資源の減少を危惧して行政に不満をぶつけるだけではなく、医療・介護職や行政とともに、地域の医療・介護資源をどう守り、どう使っていくのかを考える。

私が担当している「在宅医療に必要な連携を担う拠点」の役割も、単に医療機関同士をつなぐことではない。


地域の中に、医療資源を自分事とすること。暮らしと医療が「共存」する文化を育てていくこと。その視点の重要性を、今回の記事から改めて考えさせられた。

在宅医療の鍵は「暮らし」と「納得」

令和8年2月7日に開催された、第7回北見薬剤師会 学術大会のパネルディスカッションで「北見地域 における在宅医療の現状と課題 ―薬剤師とつくる“暮らしを支えるチーム”―」というテーマでお話しをさせていただいた。忘備録としてここに掲載する。

北見地域の在宅医療は、いま大きな転換点に立たされている。北網圏域の医師数は全国平均の半分以下で、訪問診療を担う医師も限られている。一方、介護現場では人材不足が深刻化しており、北見市ではこの3年間で介護職員が345人減少し、その4人に1人が60歳以上となっている。医療も介護も「人が足りない」時代に入りつつある中で、高齢者が住み慣れた地域で暮らし続けるためには、従来のやり方の延長ではもはや支えきれない状況である。
2040年には団塊の世代がすべて90歳以上となり、北見市では85歳以上人口が約1.4倍に増加する。一方で支える側の介護人材は今後さらに減少すると見込まれている。支える人が減り、支えられる人が増える社会の中で、在宅医療の「限界点」をどう引き上げるかが、地域全体の課題である。

現場では、本人が「最期は自宅で」と希望していたにもかかわらず、急変時に119番され、そのまま病院で亡くなるケースが少なくない。また、施設に入所していても、急変時や心停止時の対応について本人・家族と十分に話し合われていない例が多く見られる。つまり、「本人の意思」が医療・介護の関係者間で共有されていない現実がある。在宅医療・介護の本質は、単に「どう治すか」ではなく、「どう生きたいか」「どう最期を迎えたいか」を支えることにある。

さらに見逃せないのが、要支援者の“静かな重度化”である。北見市では要支援2の約27%が1年以内に状態悪化しており、通所介護やリハビリに通っていても機能が低下する人が一定数存在する。軽度の段階で生活を立て直せなければ、やがて中重度となり、在宅生活は困難になる。この「軽度者ゾーン」に医療職がもっと関わる必要があり、ここに薬剤師の役割が大きく関わってくる。

薬剤師と直結する現場課題の一つが「残薬」である。北見市の調査では、ケアマネジャーの約40%が残薬のある利用者を経験しているにもかかわらず、薬局に相談しているのは25%にとどまっている。訪問看護師には約50%が相談していることから、「どの薬を、どこで、どう飲んでいるか」がチームで十分共有されていない実態が浮かび上がる。残薬は「患者さんが悪い」から起きるのではなく、「その人の生活と薬が合っていない」サインである。残薬は問題ではなく、暮らしの困りごとが見える貴重な情報源なのである。

では、なぜ薬剤師に相談されにくいのか。その理由は「顔が見えない」「役割が見えない」からである。現場で接点の多い訪問看護師には相談しやすいが、「かかりつけ薬局はあっても、かかりつけ薬剤師が見えない」という声は少なくない。役割がイメージできなければ連携は生まれない。
「残薬問題を多職種で解決する」というテーマで開催した多職種研修会では、「残薬は“飲まない”のではなく、“飲めない”ことが多い」という共通認識が生まれた。薬が合っていないのではなく、生活に合っていないのである。ここに薬剤師が入ることで、“生活に合う処方”への再設計が可能になる。在宅医療では今、「指導」から「納得」へ、「伝達」から「伴走」へ、「薬を出す」から「暮らしを支える」へというパラダイムシフトが求められている。

薬剤師がチームに入ることで、内服は単なる医療行為ではなく「生活の一部」になる。ケアマネジャーは「この人の暮らしに、この薬は合っていますか」と相談できるようになり、それが再入院予防や重度化予防に直結する。薬剤師はまさに「生活と医療をつなぐ翻訳者」である。
北見では、適切なケアマネジメント手法を用いたケアプラン支援事業に多職種で関わり、令和7年度からは薬剤師会も参画している。薬剤師に求められる具体的な行動として、①ケアマネからの相談を気軽に受ける窓口になること、②退院時処方のチェックと共有、③居宅療養管理指導を活用した生活に即した服薬支援、④事例を薬剤師会で蓄積・共有することが挙げられる。

北見が目指す在宅医療の姿は、「地域が1つの病院のように機能分担する」こと、そして「多職種が本人の意向を共通言語にする」ことである。診断や制度ではなく、「この人はどう生きたいのか」という問いを中心にチームがつながる。その中で薬剤師は、「薬の人」ではなく「暮らしを支えるチームの一員」として前に出ていくことが期待されている。

在宅医療の鍵は、「暮らし」と「納得」である。薬剤師は、生活と医療をつなぐ重要な専門職であり、小さな連携の積み重ねが、やがて地域の仕組みとなる。今日の講演が、北見の在宅医療における新しい連携のスタートになることを願う。

専門性を「供託」するということ

―地域ケア個別会議がひらく、対話と多職種連携の可能性―

昨年、とある学会のシンポジストでお話しをした。最近その講演の原稿を校正する機会があり、改めて私が伝えたかったことをまとめてみたのでここに掲載する。

この仕事をしていて現場でよく耳にするのが、「連携しているはずなのに、なぜか噛み合わない」「会議はしているけれど、暮らしが良くなっている実感がない」という声だ。その違和感の正体は、私は「専門性の使われ方」と「対話のあり方」にあるのではないかと思っている。

■ 地域ケア個別会議は、誰のための場なのか

地域ケア個別会議は、本来、ケアマネジャーが抱えている困りごとを、多職種で一緒に考えるための場だ。ところが現実には、「医師としては」「看護師としては」「薬剤師としては」と、それぞれの立場から意見を述べる“専門性の発表会”のようになってしまうことが少なくない。そうなると、会議はいつの間にか「この人の暮らしをどう良くするか」ではなく、「誰の専門性が正しいか」「誰の意見が通るか」という場所取り合戦のような場になってしまうことがある。

私はこの状況に、ずっと違和感を持ってきた。「この会議は、いったい誰のための場なんだろう」。「私たちは、何のために集まっているんだろう」と。そこで令和5年度からこの会議の発言の際に適切なケアマネジメント手法における「基本ケア44項目」を使った会議運営に変更した。ケアマネジャーには、事例を出すときに「44項目のうち、相談したいことに当てはまる項目番号」を取り上げてもらった。そして助言をする他の職種は、挙げられた基本ケア項目はもとより、必要と考える項目をその理由を付して助言して頂くようにした。つまり「どの項目に関わる支援なのか」「なぜ必要なのか」「どう展開するのか」をセットで話すこととした。

自由に思いついたことを言うのではなく、「この人の暮らしにどうつながるか」を軸に発言するルールである。最初は「窮屈だ」「猿轡をはめられたみたいだ」と言われた。でも続けるうちに、会議の空気が変わってきた。

医師からは「顔が見える連携だけでは足りない。何のために集まっているのかを共有しないと意味がない」
薬剤師からは「会わない利用者さんの暮らしを想像して支えることが、私たちの仕事なんじゃないか」
そんな言葉が出てくるようになった。

■ 専門性を“供託”するという発想

私はこの変化を「専門性の越境」と呼んでいる。専門性を磨くこと自体は、とても大事だ。でも、それに固執すると、相手の世界が見えなくなる。一度、自分の専門性を横に置いてみる。そして患者さんや利用者に対し「この人の暮らしに何が必要なのか」を考える。そのとき、専門性は“目的”ではなく“手段”になる。言い換えると「専門性を供託する」というイメージだ。専門性は私のものだが、私だけのものではない。地域または会議という共有地にいったん差し出してこそ、別の使われ方が生まれる。

多職種連携とは、専門性を競い合うことではなく、専門性を“預け合う関係”をつくることなのだと思った。

■ 住民は「支援される側」ではなく「担い手」

もう一つ、大きな転換になったのが、住民主体の通いの場づくりだ。通いの場づくりにあたり、どこで、何曜日に誰が集まるかなどは住民自身が考えて頂くことした。地域包括支援センターは、必要性を住民へ説明するけれど、あえて最小限の関わりにとどめた。場所も時間も人選も、住民に任せた。「やりたいと思ったら連絡してください」と伝えるだけ。

すると、徒歩15分圏内で週1回体操をする場が、次々と生まれた。1年で30か所、実人数で500人弱が参加する取り組みになった。取り組みの中で、職員からこんな言葉が出てきた。「住民は“支援される側”じゃなくて、“担い手”だった」、「お金がない地域だからこそ、住民主体は主力になる」。対話を重ねる中で、私たち支援者側の前提が揺さぶられた。「自分たちは、住民の力を低く見積もっていたんじゃないか」そんな省察が生まれてきたのだ。

■ 対話とは「うまく話すこと」ではなく「変わっていくこと」

対話とは、相手を納得させる技術ではなく、自分の見方が揺さぶられ、「自分はこう思い込んでいたんだ」と気づくプロセスなのではないだろうか。そう気づいた瞬間に、別の選択肢が生まれる。実践が変わっていく。

溝に橋を架けるというのは、相手を変えることではなく、自分が少し別の人になることではないだろうか。自分のやり方や考え方を、少しだけ捨ててみる勇気である。

■ 多職種連携とは専門性を“供託”し合う関係

多職種連携とは、情報を集めることではなく、専門性を暮らしのために“供託”し合う関係をつくること。対話とは、うまく話すことではなく、自分が変わっていくこと。相手に近づくということは、同時に、自分が今までとは違う場所に立つということでもある。地域という共有地に、それぞれの専門性と前提を持ち寄って、揺さぶられ合いながら橋を架けていく。その営みの中に、これからの医療・介護・多職種連携の可能性があると信じている。

在宅医療に必要な連携を担う拠点の指定にあたって思うこと

令和7年8月より、北海道から「北見在宅医療圏連携拠点センター」の指定を受けた。

北見在宅医療圏連携拠点センターとは

在宅医療における必要な医療機能の確保・強化に向け、市町村が実施する在宅医療・介護連携推進事業の取組と連携しながら包括的かつ継続的な在宅医療の提供体制を構築するための連携調整を担う。北海道医療計画において「在宅医療に必要な連携を担う拠点」として指定を受け活動する。

在宅医療・介護連携推進事業との違い

北見在宅医療圏連携拠点センターは、これまで北見市から受託していた在宅医療・介護連携推進事業と似たような取り組みだ。異なるのはこれまで北見市内を活動範囲としていたものが、北見市を含む近隣4町(美幌町、津別町、訓子府町、置戸町)を範囲とし、かつ「在宅医療の推進」に限定するということだ。

また、これまでの在宅医療・介護連携推進事業は「委託」だったが、今回は「指定」となる。調べてみると指定とは「行政行為(行政処分)」のようだ。一方で委託は「契約」となる。行政法総論上の違いは私にはあまり分からない。

活動をはじめるにあたり、思うことを書いておく。

自治体ごとの「望ましい在宅医療」の抽出が肝

これまでは北見市のことのみについて活動してきた。今後はこれに加え近隣4町(美幌町、津別町、訓子府町、置戸町)が活動範囲となる。各町で医療資源の多寡がある中、それぞれの町にとって「望ましい在宅医療のあり方」を定めていく取り組みが最も重要だと思う。なぜならこれから医療資源を増やしていくことは難しい。とすれば各町で最低限どんな在宅医療がどの程度あればよいかということになるだろう。幸いに高度な医療や救急医療は北見市にある。遠くても小一時間あればたどり着く。

ポイントは日常の療養生活という身近な場所でのちょっとした身体の不調の際、受けられる医療の程度のことだ。青天井に在宅医療の拡大は求められない。資源には限界があるのだから、過不足のないレベルにできるだけ落ち着けるという現実に即した活動が求められる。ロケットを飛ばすのではなく着陸地点を定め、航続できる燃料を用い、最短に近い航路を選択することが重要だと思う。

在宅医療とかかりつけ医の浸透

「望ましい在宅医療のあり方」とは単に医療レベルや医療資源の多寡の話しだけではない。何かあった際に専門医療が必要かどうかを見極めてくれる「かかりつけ医」を住民が確保しておくということになるだろう。

私がもう20年近く通う理容室がある。そこのご主人は持病のため近隣のクリニックへ通院している。話しを聞くと主治医は投薬の必要はないと言ったが、ご主人はこれを固辞して通院し続けているという。わけを聞くと、今後何かあった時のための「転んだ時の杖」だという。ことわざの使い方は間違っているが、「備えあれば憂いなし」に近い。言いえて妙だ。

またこんな例を知り合いの医師から聞いた。脳卒中を患い地域の基幹病院で治療を受け、無事退院した。退院後は地元の医療機関を紹介され通院していた。年1回再発予防のチェックのため、入院した基幹病院で画像検査を受けている。ある日体調不良のため救急車を呼んだがかかりつけの医療機関では搬送を断られ、基幹病院へ搬送された。診断の結果問題はなかったが数日経過観察のため基幹病院へ入院したという。かかりつけの医療機関を非難するつもりはないが、まずはかかりつけの医療機関が診療を実施するべきだろう。何でもかんでも地域の基幹病院へ皆が受診していたら救急医療の資源が不足してしまう。住民自身がかかりつけ医をしっかり持ち、その役割を使い分けるリテラシーが求められる。

縮小社会における医療機関同士の役割分担の明確化

医療機関同士の役割分担とは患者さんの疾病状況に応じ診療機能を分担するということだ。まず診療所や介護施設を支援する病院を拠点としたネットワーク化が必要となる。今後、北見在宅医療圏域の人口は減少する。65才以上人口も同様だ。しかし85才以上人口は北見市でいうと向こう15年間で1.4倍増加する。日本人の平均寿命を超えた年齢層だ。こういった方々に対する医療はただ「治す」に留まらない。「治し支える」という役割が求められる。単なる肺炎で数日臥床しただけで高齢者の身体機能は容易に低下する。肺炎は治ったもののふらつくようになったら本末転倒だ。

次号へ続く